「あっ、イタ~ッ!!!」
早く厨房に戻らないと…って焦ってたら、つまずいて転んじゃった。
買い忘れて買いに行った物が、無事で良かったよ。
「大丈夫か?」
「あっ、はい」
男の人から声をかけられたけど、もしかして転ぶ所見られてた?
だったら、けっこう派手に転んだから、かなり恥ずかしい…。
早くこの場から去りたい。
「相変わらずドジだな…。慌てるなって、オレはよく言ったぞ」
「えっ?」
手を差し伸べてくれた男の人を見ると、呆れているような感じの視線を感じた。
ていうか、この人…私のこと知ってるの?
「…………」
そういえば…どこかで見たことあるような…?
う~~ん…。
「覚えてないのかよ…あんなに遊んでやったのに…」
遊んでもらった…?
う~~ん…誰だっけ?
「オレだよ…桃園啓太。家が隣だっただろ?」
…家が隣だった…?
梅園啓太…?
………あっ!
「……もしかして?ケイお兄ちゃん?」
「そうそう」
嘘!?
私が小学校に入学するまで隣の家に住んでて、よく遊んでくれたケイお兄ちゃん?
年は、確か光明君と同じだった筈。
「うわ~~久し振りっ!……で、何でここに?」
まさか碁の合宿で再会するなんてビックリ!
「オレも関西棋院から参加してるんだ」
「えっ?ケイお兄ちゃんプロなの?碁打てたんだ…」
再会した途端に意外な事実発覚だよ。
ケイお兄ちゃんが碁を打てるなんて知らなかった…。
「ああ、仁志おじさんに教わったんだよ。恵が興味示さなくて、落ち込んでる姿が可哀想だったからな」
しかも私が原因だったなんて…。
「オレも聞きたかったんだけど、碁に見向きもしなかった恵がプロになってるなんて、一体何があったんだ?」
「それは…」
言えないよね…。
光明君に近付きたくて、アキラ先生に弟子入り突撃志願したなんて。
知られたら、なんて言われるか。
今はもう…黒歴史だよ。
あ~恥ずかしい…。
「あっ、私、厨房行かないと…」
気まずいから、ここは逃げちゃおう。
早く厨房に戻らないと、ヒカル先生来ちゃうし。
「その前に、手当てしないと。擦りむいてるし、手も捻っただろ」
そういえば…左手が痛いような…?
ケイお兄ちゃんとの再会に、ビックリして忘れてた…。
よく見たら、あっちこっち擦りむいてる。
こんな格好で戻ったら、アキラ先生ビックリするよね。
ここはケイお兄ちゃんに甘えて、手当てしてもらおう。
手当てしてもらいながら聞いたんだけど、関西に引っ越した後、社先生に弟子入りして中1の時にプロ試験に受かったんだって。
そういえば、お父さんから聞いたような…?
その頃の私は、光明君一筋だったから聞き流してたと思う…。
「お前さ…ただでさえアキラ先生の弟子ってことで注目の的なんだから、気を付けろよ…色々と…」
「うん…」
「あと、アキラ先生に迷惑かけるなよ」
「…………」
手当て中、お小言の連続。
(そういえば、昔もこんな感じだったな…)
……っていうか、今もあの時のまま、妹扱いというか…子供扱いされてない?
私だって、もう高校生だし成長してるんだから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。
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「遅かったね…って、どうしたの?その手?あと傷も…」
手当てしてもらって急いで厨房に戻ると、アキラ先生にビックリされてしまった。
傷だらけで手に包帯巻いてたら当然だかも。
手当てしてもしなくても一緒だったかな?
「慌てて転んじゃいました。へへへ…」
ヒカル先生はまだみたい。
間に合って良かった。
「気を付けないと、光明に怒られるよ」
「あ…っ」
「だから慌てるなって言ってるだろ!」って、凄く怒られるんだよね…うん、解ってる。
「普段側にいられないのは仕方のないことなのに、恵ちゃんが怪我すると物凄く不機嫌になるからね…。心配ならちゃんと言えば良いのに…素直じゃない困った息子だよ…。まあ僕に似たら、ああなってると思うのだけど…」
そう言って、苦笑いするアキラ先生。
私は素直じゃない光明君が大好き!
正直言うと…少しで良いから、素直な光明君も見たいな…とは思うけど。
この後、ヒカル先生が先輩棋士に捕まって厨房に来れなくなって大騒ぎになりました…。