恵ちゃんが女流枠でのプロ入りを決めた日の夜。
「藤ノ宮さんどんな様子だった?」
「受かると思ってなかったみたいだから、家族、親族中大騒ぎらしい。あかりなんかビックリし過ぎて倒れたらしいぞ」
部屋に戻ってきたヒカルが、藤ノ宮さんとの電話内容を話してくれている。
「あかりのヤツ、私の娘だもん!受かるわけないよ…って言ってたからな…。藤ノ宮さんの血が流れてるの忘れてるな」
…さすがに、いくらなんでもそれはないと思うけど。
「…しょうがないよ。藤ノ宮さんが囲碁を打ってて、プロを目指してたことも最近知ったらしいし」
「藤ノ宮さんのこと知らないまま妻してたなんて変わってるよな…あかりの奴」
藤ノ宮さんがヒカルのことを引きずったことが原因なんだから、そんなことを言う資格ないと思うよ。
僕としては、なんとなく複雑なんだけど。
それでも上手くいってたのは、藤ノ宮さんが藤崎さんを第一に考えてたかららしい。
「で、どんな感じ?恵ちゃんの棋譜」
僕は恵ちゃんの棋譜を並べていた。
恵ちゃんは光明に任せてるけど、師匠なってから棋譜の確認はしている。
「相変わらず攻め遅れてるんだけど、この手からの巻き返しが凄いよ」
「どれどれ…」
棋譜の手順を確認しているヒカルが、徐々に信じられないような顔になっていく。
「凄いな…これ」
ヒカルがしみじみ言う。
「いつもの恵ちゃんなら石が死んだ時点で押されて負けてる所だけど、今回は諦めずに唯一の生き筋を見つけた」
恵ちゃんと打っていて成長は感じていたけど、この筋を見落とさず最後まで打ちきった力は凄い。
こんなに力をつけていたなんて、光明の教え方が上手いのか…これからが楽しみだ。
「恵ちゃんの棋譜、光明に持って行くか」
「光明、なにか感じてくれたら良いんだけど…」
「そうだな…」
コックになるのも大賛成なんだけど、碁を打ってほしいと思うのは、母親より碁打ちの性が勝ってしまっているのだろうか。
小さい頃から棋力が凄すぎて、プロになるのが当たり前にと思わたことに反抗して、碁が嫌いになりかけてた所に、タイミングよく恵ちゃんが現れてくれたお陰で碁と繋がり続けてる。
ヒカルが、光明に教えさせると決めたお陰もあるかな。
(まあ、別の大人げない理由もありそうなんだけどね…)
子供らしい言葉を真に受けて、本気でやりあうなんて…恥ずかしくないのか?…と、何度思ったことか…。
僕を愛してるから…という問題じゃないぞ。
あっ、話が逸れた。
…とにかく恵ちゃんに出会って、変わり始めた所に、光明に近い棋力を持っている鉄宏君や正輝君に関わって、碁以外でも楽しいそうだ。
(本人は、まだまだ認めてないけどね)
そういえば、僕もヒカルに出会って色々変わったんだ…。
「今更だけど僕は幸せだったんだな…」
「どうした?急に」
「僕はヒカルに出会ったお陰で、迷うことなく碁に邁進出来てるから」
あの時ヒカルに出会わなかったら、どこかで躓いてたかもしれいけど躓くことなく、神の一手に向かって歩けている僕は幸せだ。
「お互い、佐為に感謝だな」
本当にSaiには感謝しかない。
ありがとう。