進藤君と再会してから、あれよあれよと棋院の事務員として働くことになった。
そしたら、いつの間にか進藤君と塔矢さんのマネージャーみたいなことやってるんだけと…何故?
それから進藤君が『筒井さん』って呼ぶから旧姓で定着してしまった。
別に良いんだけど。
今年のプロ試験も終盤。
鉄宏は全勝で、このままいけば恐れ多いことにプロになる。
碁のことは心配してないけど、塔矢さんに礼儀作法というか、囲碁界のしきたりみたいなことを叩き込んで欲しいと思うぐらい礼儀作法が心配だ。
鉄宏が僕の息子ということで、沢山の人に質問責めにあって面食らった。
あと…鉄宏…頼むからロビーで明美ちゃんと言い争うのは止めてほしい。
もう棋院の名物とか言われてるんだよ。
「うちの明美がけしかけてるからしょうがないよ」
苦笑いしながら塔矢さんは言ってくれるけど、親としてはとても恥ずかしい。
あっ、そういけば、2人の言い争いを目撃した進藤君が寝込んだらしい。
「オレの明美が~~」
寝込みながら呟いてらしいけど、倒れた理由はなんとなく想像がつく。
鉄男も娘にボーイフレンドの影を感じたら、それはそれは…もう大変なんだ。
去年再会したと思ったら、進藤君とは長いお付き合いになりそうな予感がする。
正輝君も14勝1敗で2位。
まだ鉄宏との対戦が残ってるから頑張れ。
恵ちゃんは13勝2敗で3位。
鉄宏と正輝君に負けたのが痛かったかも。
恵ちゃんの合格は難しいそうだけど最後まで頑張って欲しい。
実は鉄宏よりも応援してるって言ったら怒られるかな。
母親としては鉄宏を応援してるけど、なんか恵ちゃん見てると昔の僕と重なるような気がして応援せずにはいられないんだよね。
「あの葉瀬中卒業生の筒井さんですよね?」
仕事をしていると突然声をかけられた。
「そうですけど、なにか?」
「僕、院生で来年プロになる田村直人です」
院生の子が事務の僕に挨拶する?
挨拶に来るくらいだから、事務に用事と言うわけではないよね。
「筒井さんが作った囲碁部で鍛えられ院生になったんです。進藤先生のインタビュー読んで、葉瀬中囲碁部に憧れて、運良く葉瀬中に行ける場所に住んでたんで」
そいえば、進藤君がインタビューで敗瀬中囲碁部のこと話してたっけ。
進藤君以来の葉瀬中囲碁部からのプロ誕生か…。
田村君は高校も僕と同じで高2だそう。
「あの、いつでも良いので打ってくれませんか」
「えっ?僕と」
「はい」
「僕と打っても面白くないと思うけど」
「せっかく会えたんで記念にうちたいんです。お願いします」
頼まれると断れないな…。
そんな訳で、僕が休みの日に田村君と打ったんだけど…。
「どうしてプロを目指さなかったんですか?これだけ打ててヨセも凄いのに」
田村君に真顔で言われた。
プロか…正直考えたこともなかったな…。
(進藤君の活躍を自分のことのように満足してたし)
20年前に今の言葉聞いてたら、もしかしたら目指してたかもしれないけど…そしたら今の僕はいない訳だから、これで良かったと思う。
進藤君や塔矢さん、棋士の皆さん…そして、これからプロになる皆さんには、記憶に残る素晴らしい碁を打ってほしいな。