秀策記念館に行った後、ホテルの部屋に入ると、ヒカルが破風を並べ始めた。
「この棋譜、覚えてるか」
もちろん、忘れることなんて出来ない。
君と僕が初めて打った碁だ。
「これ、オレが打ったんじゃないんだ」
「えっ?何を言ってるだ。確かにヒカルが打ってたじゃないか」
僕の目の前に君はいた。
「確かにオレが打ったけど、オレじゃないんだ」
どういうこと?
「話したいことあるって言っただろ」
「うん……」
「長い話になるんだけどな……」
取り憑いた幽霊の話を語ってくれた。
名前を藤原佐為と言って、ヒカルに憑く前は秀策に憑いて秀策として碁を打っていたそうだ。
ヒカルが秀策に執着するのは、このせいだったのか。
「も~~打たせろ!打たせろ!煩いの。オレ碁のこと全く解んないし、とりあえず囲碁教室行ってみたり。そんで、たまたま見つけた碁会所にお前が居たの」
確かにあの頃のヒカルは、碁石もまともに持ってなかったね。
碁を知ってプロを目指す人間が言わないことも言ってたね。
本当に何も知らなかったんだ。
「お前、凄い顔で追いかけて来ただろ。なんで追いかけられてるか解らなかったから、ちょっと怖かったんだぞ」
あ~~確かにあの頃の僕は、君の棋力の招待を知りたくて必死だったから……。
「でも、あの頃からお前のこと好きだったんだぜ」
それから、囲碁大会での僕との対対局のこと、院生時代やSaiのこと……全てを話してくれた。
5月5日に佐為が消えたことも…。
不戦敗の理由にこんなことがあったなんて…。
戻って来てくれて良かった。
でもね…。
「佐為に憑かれてなかったらロクな人生になってないだろうから、そこにも感謝すると良いと思うよ」
「う……っ!」
あっ、固まった。
少しは自覚あるんだ。
小遣い欲しさにお祖父様の蔵に泥棒に入るなんて……、
考えられない。
テストで0点が続くなんて……。
それも考えられない。
佐為に出会ってなかったら、ホントに君の人生どうなってたのやら。
まあ、根は優しいからそんな心配はいらないだろうけど。
「佐為に感謝しないとね。僕とヒカルを出会わせてくれたんだから…」
「そうだな」
それから、話してくれて有り難う。
そいえば、今日は5月5日だったな。
●〇●〇●〇 ●〇●〇●〇●〇
一年後。
長男、光明が生まれた。
僕の妊娠が発覚した時は家族全員大騒ぎで、特にお母さんは、ベビーベッドから何から何まで全て勝手に揃えようとしたから全力で阻止した。
喜んでくれるのは嬉しいけど、お母さんの暴走には参るよ。
生まれる前も、名人戦挑戦手合いの対局終了後に倒れて大騒ぎになってしまった。
ちなみに、相手は緒方さん。
とても、慌てていたらしい。
タイトル獲得はならなかったけど、光明が無事で良かった。
すくすくと育っていて、今ヒカルが面倒を見てくれている。
「藤ノ宮さんから、結婚式の招待状が届いたよ」
「ふ~ん、相手は誰なんだろう?……藤崎?……って……あかりっっ?!」
藤崎さんが、ヒカルの後援会会長夫人?
嘘だろ?
冗談だろ?
これから後援会のパーティーとかで、藤崎と顔を合わせることになるのか。
「お~~い、アキラ。顔が険しくなってるぞ。また余計なこと考えてないか」
考えてるよ!!悪い?
「お前、あかりのこと気にしてるのかよ」
「だって……」
「いつも言ってるだろ。お前一筋だって」
解ってるよ。
だけど、やっと落ち着いてきた所に、藤崎さんの名前を聞いてビックリしただけだ。
なかなか、ヒカルから離れてくれないのは何故?
というか、いつの間に藤ノ宮さんと結婚なんてことになったんだ?
当たり前だけど、光明が藤崎さんの娘さんに猛アタックされることになるなんて、僕もヒカルも予想していなかった。