「お見合いなんて冗談じゃないですよ!アキラさんはヒカルさんと結婚するんですからっっっ!!」
「明子……落ち着きなさい」
僕のお見合いの話を聞いたお母さんが、珍しく怒っている。
新たなスポンサーを見つけたい棋院、早く身を固めて欲しいと思っていた後援会、僕と結婚を望んでいるスポンサー……三者の思惑が一致して決まったお見合い。
お父さんが倒れた為に、塔矢の跡継ぎをと思った後援会が慌てて纏めて棋院に話が行き、棋院から僕の所に話が来て、曖昧な返事をしていたら、お見合いを受ける方向で話が進み始めた。
「アキラ……」
「はい……」
お父さんの視線が痛い……。
相当、怒ってる。
……当然だよね…。
「どうして、私に断りもなく見合いを受けるような素振りをみせた」
「…………」
「答えなさい」
「囲碁界の為になると言われて…」
僕の答えを聞いたお父さんは、目を伏せ溜め息をついた。
「お前は進藤君と付き合っていたのではなかったのか?」
「はい……」
「それなのにこんなことをして…進藤君を傷つけたと解っているのか?」
「はい……」
僕は只々返事をすることしか出来ない。
「アキラが囲碁界のことを考えて自分を犠牲にすることはないし、後援会も気が早過ぎる…困ったものだ」
お父さんにお見合い話の経緯を話にきた後援会は幹部から、素晴らしい碁打ちの遺伝子を残して欲しいと言われたらしい。
「スポンサーにはお見合いの件はお断りしておく」
「お父さん……」
「進藤君には、アキラから誠心誠意謝りなさい。許してくれるかは解らないが」
「はい……」
その後、お父さんのお陰でお見合いはなくなったけど、諦めきれない後援会と是非スポンサーになってほしい棋院からの懇願で、2人で食事をすることで収まった。
その食事もお父さんは止めさせたかったらしいけど、引退した時かなり無茶をしたかたことを蒸し返されて断れなかったらしい。
結果、お父さんは……
「なにが囲碁界の重鎮ですかっ!肝心な時に役に立たないでっ!」
……と母さんに怒鳴られていた。
お父さん……ごめんなさい…僕のせいで…。
●〇●〇●〇 ●〇●〇●〇●〇
「美津子が出掛ける前に3人で話し合ったんだが、私達この家を出るよ」
夕食後、突然の進藤のおじ様の申し出だった。
「どうして、正夫さん。今まで通り一緒に暮らせば良いじゃない。お見合いはなくなったんだし」
「確かに今回はお見合いでは無くなったけど、相手はまだアキラちゃんが結婚した後も私達がこの家にいることで、可笑しな噂が立っても困るし。………何よりヒカルが可哀想だ」
おじ様の申し出に、お母さんもお父さんも、そして僕も何も謂えなかった。
おじ様の言うのは尤もだからだ。
まだ相手は完全に諦めてくれてはいない。
それなのに、僕が好きだと知っている進藤を、この家に置いて置くのは辛いのだろう。
「それに塔矢とは家の格も違うし、そもそも縁がなかったんだよ」
「そんな…今時家の格なんて…」
時代遅れたとお母さんは言いたいんだと思う。
僕もそう思うから……。
「確かにそうかもしれないけど、塔矢の後援会にヒカルが良く思われてないみたいだしな」
まあ、あの見た目と態度じゃ仕方ないかな……と、おじ様は笑う。
確かに進藤は、うちの後援会の幹部達に良く思われていない。
おじ様の言う通り、あの態度と見た目、そして、入段した直後に手合いをサボったことを、よく思ってない人達がいて、碁会所僕と打ってることも止めた方が良いと、苦言を呈してくる人もいた。
「解った……。せめて、新居はこちらで準備させて貰うよ」
おじ様の意思が固いのを感じたのか、お父さんは、あっさり了承した。
「そんな悪いよ」
「いや、元はと言えば此方が無理やり同居を望んで、土地を処分させたのだからな」
「じゃあ、音葉に甘えようかな」
そうして、この話はあっという間に纏まった。
「行洋、あんまりアキラちゃんを攻めるなよ。囲碁界のことを1番に考えるようになったのは環境と、お前の責任でもあるんだから」
僕を気遣うおじ様の言葉を聞いて、ああ進藤のお父さんなんだ…と思った。
進藤同様、優しい人だ。
ただ…1人納得してない人がいた。
お母さんだ。
「私は、今日からボイコットさせて貰います!!!」
お母さんが自分の部屋に閉じ困ってしまった……。
こんな時に限って、進藤のおば様は旅行に行っていていない。
同居を初めてから、お母さんがとおば様は交代で旅行に出掛けたりしているのだけど……よりによって、どうして今日なんだ。
なんという運の悪さ。
明日からの食事どうしよう。
●〇●〇●〇 ●〇●〇●〇●〇
おじ様はとの話し合いから数日後。
僕のお見合い話が出てから、僕と進藤の間はギクシャクしたままだ。
進藤が僕をを避けてるし、進藤の顔が険しい。
デートどころか一緒に打つことも、当然身体を会わせることもない。
恋人になったのは夢だったのかと思うぐらい。
そうしてしまったのは、僕なんだけど。
なんとか謝るチャンスを伺ってるけど、中々タイミングが合わない。
進藤に先手を打たれて避けられている感じだ。
進藤の部屋の前を通りかかると話声がした。
誰かと電話してる?と思ったら、あかりという名前が聞こえてきた。
「ああ、解った。明日あかりの家のの最寄り駅でな」
通話を終えた進藤に、僕は思い切って話しかけた。
「明日、藤崎さんと何処か行くんだね」
「お前には関係ないだろ」
「……確かに関係ないね」
「お前も明日、スポンサーとの食事会だろ。気に入られるように頑張れよ。俺達も棋戦が増えたら嬉しいしな」
「…………ッッッ!!」
進藤が冷たい……。
言葉に刺があるし、それが心に突き刺さる。
(進藤、藤崎さんと付き合ったりするのかな……)
何を考えてるんだ僕は……。
進藤を傷つけて振った形なのに、進藤が誰と付き合おうと僕に何もいう資格はないのに………。
(こんなの……嫌だよ……)
進藤のことが大好きなのに、断り切れずに招いてしまったことの重大さに押し潰されそうだ。
「進藤が僕の傍からいなくなるなんて嫌だよ……」