「おお、ヒカル良く来たな。あっ塔矢さんもいらっしゃい」
「お邪魔します」
今日は平八さんの家に遊びに来た。
僕がヒカルのお祖父さんを「平八さん」と読んでいるのは、本人の希望。
初めてお邪魔した時にどう呼ぶべきが悩んでいたら、平八さんから名前で読んで欲しいと言われたんだ。
「ちぇ、じーちゃん全然驚いてくれなくなって、つまんねぇの」
「さすがに、何度もその格好で来たら慣れるわ!」
「初めての時は腰抜かしてたもんな」
「煩いっ!」
ヒカルは念には念を…というより面白がって、平八さんの所には近衛光の格好でで行くんだよ。
初めて近衛光の格好で、ここに来た時は…。
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「じーちゃん、いる?」
「ヒカルか。上がれ…っっっ!!!」
そう言いながら、明るく僕達を迎えてくれたんだけど、僕の顔を見た途端固まった。
「と塔矢さんっ!?」
「はじめまして、お邪魔します」
「うちに何の用で…うん?」
平八さんがヒカルに気付いたみたい。
「ワシはアンタのような美人を知らないが…」
「じいちゃん、オレだよ」
ヒカルは付けていたカツラを外した。
「っっっ!!!ヒカル?!」
平八さんは驚き過ぎたのか、その場で腰を抜かして座り込んでしまった。
「ドッキリ大成功!」
そう言ってイタズラぽく笑うヒカル。
自分の祖父にドッキリを仕掛けるなんて、僕には考えられない。
驚き過ぎて何かあったらどうするんだ。
僕は止めたんだけど聞かなかった。
後で平八さんに聞いたんだけど、ヒカルは小さい頃よくイタズラを仕掛けてたらしい。
全く…君ってヤツは…。
「美津子さんには聞いてたが、まさかそこまでとはな…」
「へへ凄いだろ。塔矢先生達のお陰さ」
「なに?!塔矢先生まで」
その後、僕は何度も平八さんに頭を下げられてちょっと困った。
「母が楽しんでるから大丈夫」なんて言いにくかったしね。
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ヒカルが蔵にいる間、僕は平八さんと指導碁だ。
ヒカル曰く「じーちゃん孝行」らしい。
「平八さんはヒカルがプロになるのはさんせいなんですよね」
「ああ、勿論。なれるもんなら頑張ってほしいと思っとるよ」
「あの…進藤君のご両親がプロ試験を反対してる理由をご存じですか?」
思いきって平八さんに聞いてみた。
あれだけ反対してるのだから、何が理由がある筈だ。
ヒカルは「好きな子に碁でコテンパンにやられたことがトラウマになってるとかだろ」って言ってたけど。
「ワシも解らんのだが、正夫は小さい頃、蔵で倒れてるのが見つかって、目が覚めた後「碁を打たせてください」って幽霊に追いかけられる夢を見た」と泣き出して、碁に見向きもしなくなったことがあってな…。暫くは碁盤や碁石を見ただけでも震えててな。美津子さんはプロ棋士の得体がしれなくて、反対してるのじゃろうな」
(幽霊って…もしかしてsai?)
「碁を打たせてください」だからsaiだろうな…。
どれだけ怖がらせたんだろう。
美津子さんには、プロ棋士の制度とかをレクチャーしま方が良いのだろうか?
お父さんに相談してみようかな。
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その日の夜、ヒカルに平八さんから聞いた話をしたら、見る見るしかめっ面になって叫んだ。
ついさっきまでの甘い雰囲気が吹っ飛んだね…。
「はあああ?じゃあ、オレが今苦労してるのは佐為のせいってことか?」
あ~煩い。
耳がどうにかなるかの思ったよ。
まあ、気持ちは解るけど。
「もしかしたら…って話だよ?」
「いや、佐為ならあり得る。アイツ碁が打ちたくて堪らなかった筈だら。親父にまで憑こうしてたのかよ。くそーっ佐為のヤツ、とれだけ驚かしたんだよ…」
不貞腐れるヒカルに、思わず笑ってしまう僕。
「なに笑ってるんだよ」
「君が佐為の話を普通に出来るようになって良かったな…って…」
佐為が消えたことで、僕達家族とヒカルの間に強い絆が出来たのだけど、あの時の絶望したヒカルの顔は、今でも忘れられない…。