3年前。
俺との公式戦が組まれていた日、開始時間なっても塔矢が現れずオレの不戦勝になった。
プロになってから遅刻や無断欠席なんかしたことのない塔矢が現れないから、事故でもあったんじゃないか…と心配になったオレは連絡を取ろうとして携帯を開くと、メールが一通届いていた。
【すまない…】
たったそれだけの塔矢からのメールに訳が解らなくなったオレは、慌てて塔矢の携帯に電話をかけたけど「電波の届かない所に…」のアナウンスばかりで繋がることはなかった。
家に行ってみてもいなくて…。
夜になっても塔矢と連絡が取れないことで更に大騒ぎになって、中国から先生達が帰国して俺や塔矢門下で塔矢を探し回ったけど見つかることはなかった。
こんなことになった原因を知らないかと、先生や明子さんに聞かれたけど全見当もつかなくて…。
その後、先生が棋院に塔矢の休場届を出した。
それから暫くして、塔矢が失踪したのはスポンサーの息子と駆け落ちしたからだという話が囲碁界に流れてた…・。
オレは塔矢が碁を止めてまでそんなことするなんて信じられなかったし、そんなことをさせる男がいたなんて…悔しかった
佐為が居なくなって塔矢までいなくなるなんて、オレには耐えられない。
オレは対局の合間を縫って、塔矢を探しまくったけど…見つけることは出来なかった。
●〇●〇●〇 ●〇●〇●〇●〇
それから1年がたった頃…。
あれは、国際棋戦でドイツに行った時、偶然塔矢を見かけたんだ。
知らない男と腕を組んで歩く塔矢はとても幸せそうで、オレの前では見せたことのない顔をしていて…悔しさがこみ上げていた。
碁より、その男が良いのかよ!!!
「…進藤…?」
悔しくて…悔しくて…唇を噛んでいるうちにオレの存在に気付いた塔矢が目の前に立っていた。
「久しぶり…」
「…何が久しぶりだよっっっ!!誰にも何も言わねぇで消えて、こんな所で何してんだよ!!」
塔矢に逢ったら最初に何を言おう…とか色々考えたり決めてたりしたんだけど、いざ本人を目の前にしたら全部ブッ飛んで叫んでた。
そんなオレと違って、塔矢は、見つかったものはしょうがないと思っているのか、冷静に微笑んでいる。
「お前、見つかりたくなかっただろ?逃げなくて良いのか?」
「逃げたら追ってくるだろ?」
「で、あの男は?」
「キミはもう知ってるんじゃないのか?僕が何をしたか…」
「じゃあ、あの噂…」
「僕が「スポンサーの息子と駆け落ちした」っていう噂なら…本当だよ」
「なんでだよ!お前に碁を棄てさせるぐらいな男なのかよ!」
「そうだね。僕は碁を棄ててで彼の傍に居たいと思ったし、力になりたいと思った」
「塔矢…」
「だから日本に帰るつもりもないし、僕は、もう打たないよ」
「………」
「だから僕を迎えに来たのなら無駄たよ」
「………」
「それじゃあね」
出来れば父には内緒にしておいてほしいのだけど。
…と言い残して塔矢は去っていった。
引き留めるとか…説得するとかしないといけないんだろうけど、オレにはそんな余裕はなかった。
もう打たない。
そんな言葉、あの塔矢から聞くとは思ってもみなかったから…。
何でも碁が中心だったあいつが、あんなこと言うなんて…・。
オレは日本に帰った後、誰にも…本当なら伝えないといけない塔矢先生にまで、塔矢に合ったことを言えなかった…。
あれから2年。
何故かオレの目の前に今、塔矢がいる…。