インスタントと間違えて粉の珈琲を買ってしまった。買ってしまったのはもうしょうがねえから、仕事帰りに有楽町の生活雑貨屋に寄って、白い磁器のドリッパーとサーバーと紙のフィルターを買った。
夜明け前、眠りから覚めて下だけ履いて、上半身裸のままキッチンに行く。二つのマグカップを棚から出して、ドリッパーにフィルターをセット。珈琲はティスプーンに山盛り四杯。少しだけ熱湯で蒸らすと、欲しい分だけドリッパーに注いでいった。
飲んでみたら当たり前だがインスタントより美味い。もう一つのマグカップには砂糖を何時もより減らして最後に牛乳を入れた。
トレイに二つのカップを乗せるとキッチンから移動、ベッドで待つ塔矢に牛乳入りの方を差し出した。
「おいしいね」
うれしそうにカップを両手で持ってにっこりと笑った。オレが着ていたこいつには大きいTシャツを身に付け、ベッドに腰掛け膝を揃えている。お前がそんな風に笑ってくれるのなら、もうコーヒーメーカーも買ってミルから豆を挽いちゃうぞ。
塔矢が目を閉じて香りを楽しんでからもう一口飲んだ。オレはカップを持ったまま壁にもたれて、淡く光る蒼紫の空に、グレイの雲が広がっていくのをいい気分で眺めていた。
穏やかな春の終わり、空気が澄んでいる起き抜けの朝。美味い入れたての珈琲とお前の笑顔が、オレにとって飛び切りの目覚ましになった。
《アキラが独り暮らしのヒカルの部屋に泊まり、夜明けの珈琲を二人で楽しんでいるシーンです。ヒカルにはピッタリのTシャツをアキラがダボダボで着ているのがツボ、アキラはTシャツの下に何も身に付けていません》